ATAMI 熱海 写真アルバム | ![]() |
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| 2009年9月13日更新 |
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はじめに熱海(静岡県熱海市)は、わが家では清里(山梨県北社市)と並んで、毎年出かける二大リゾート地である。熱海は、古くは団体客や新婚旅行客が押し寄せた一大観光地であった。近年はさらなる発展への模索が続けられており、昔の姿を変えつつある。熱海は、歴史的雰囲気と街の発展を模索する姿、そして自然や立地環境を気軽に楽しめるところが魅力だ。このホームページでは、私が熱海に通った折に撮影したスナップ写真を紹介する。そこに、読者にとって熱海の小さな発見があれば、私は嬉しい。 |
熱海とは熱海市は静岡県の東端、伊豆半島の付け根に位置し、温泉などの観光資源に恵まれ、海あり山ありの風光明媚な土地である。古くから湯治場であったが、東海道線開通により首都圏からの団体客や新婚旅行客が訪れるようになり観光地として発展した。 |
最近のコメント初島の猫熱海から30分のところに初島がある。しばらく振りに島に渡ったとき、猫の姿を見た。釣り人からもらった小魚を猫と猫が取り合っている。小魚をどのように食べるかというと、骨ごとガリガリかじる。猫のしぐさはかわいいが、都会の猫とちがってずっと野性的。環境が猫をそのようにさせているのだとぼくは思った。船着場には思いのほかたくさんの猫がいて、彼らの暮らしぶりが気になった。都立光が丘公園でも捨て猫やその繁殖、虐待、嫌悪するひとと愛護するひとの争いが生じている。 しかし初島は住宅が密集する都会ではない。きっと"地方の隙間"にいて、島民との住み分けができているのだろうと思った。 ところが、増えすぎた猫をめぐって、島民、行政、動物愛護団体がもめている。 島の収入は主に観光で成り立っており、どうやら猫は邪魔らしい。積極的に処分しているのではなく、放置しているようだ。動物愛護団体は主に犬猫を愛護している団体で、放置による餓死の現状を問題視している。行政は島民と市民の板ばさみに合っている。 当事者の価値観はかみ合うものではないので、全員が満足する解決は難しい。もちろん島民の生活が優先されるべきものだが、なぜ猫が島に持ち込まれたのか、猫がいると観光収入に悪影響があるのか、美ヶ原高原の鹿とは違って猫は人の生活に近しい動物であるから餓死に心を痛めるひとたちも当然にいる、という理解も必要である。 では、どうするのがよいか。島民、行政、動物愛護団体すべての関係者が可能な範囲で協力しあうことである。その中で落ち着くところに落ち着く。癇癪を起こして暴言を吐いたり、相手を攻撃しようとしたりするのは避けてほしい。 どんな時も神様が創った生き物を大切にする精神を失わないようにすべきであるし、誰のせいではない、なす術がなく死んでしまう動物がいることも受け入れなくてはならないとぼくは思う。(2009.9.13) (外部リンク) 静岡動物愛護犬猫ホットライン 熱海市役所 初島の猫について 熱海の町並みの変化熱海の町に佇むと、時代の"足跡"に触れることができる。古めかしい家屋や商店が残る一方、リゾートマンションが建ち始めている。ぼくのような旅行者であってもこのような姿を目にすると熱海の行く末を思わずにはいられない。伝統を大切にする西洋の町並みを思うと、日本はデザイン性よりも機能性・経済性を優先していることがわかる。とりわけ日本の町並みはいつも経済性に振り回され、その場限りの外観を見せている。伝統により後世に伝えられるものはひどびとの心の拠り所になるものでなければならない。その点でいうと日本の町並みには経済性に優越する伝統を持たなかったということである。これは、熱海のみならず日本の多くの地域についていうことができる。 町並みはそこに住むひとびとの心がいろいろな要素を飲み込んで導き出されたものであることを思えば、すぐに悪くなったりすぐに良くなったりするものではない。長い年月をかけていまの姿になった。取り越し苦労はせずに、心のふるさとになりつつある熱海を見守るしかない。(2009.5.17) |
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