| 2009年7月19日更新 |
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| ホーム(光が丘の眺め 写真アルバム) プロコフィエフ大好き 音楽をより良く聴くために 私的音楽アルバム |
1.はじめに | |
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音楽は人に勇気を与え、元気にします。メロディや楽器の音色から情緒を豊かにし、生活に潤いをもたらします。文化、思想を伝えます。なにはともあれ、音楽を聴く楽しさは格別です。
世界には音楽のジャンル、曲数は数えきれないくらいたくさんありますが、このホームページでは、ぼくの大好きなセルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953 ウクライナ)の音楽を中心に、ぼくが聴いたり見たりして、感じたことを話します。 ホームページのタイトルは、「音楽ファンクラブ プロコフィエフ大好き」です。 プロコフィエフの音楽は、どちらかと言えば、日本で好んで演奏される音楽ではないかもしれません。なので、「プロコフィエフのピアノ曲っていいよね」といっても、「プロコフィエフって何?」という返事が返ってくることが多いでしょう。 そこで、ファンクラブができるくらい好きな人がいるんだよという意味で、まずは"ファンクラブ宣言"をしようと思いました。 ファンクラブ(ホームページ)は、プロコフィエフの音楽が好きな人、このホームページに興味を持ってくれた人に向けて書きますが、ぼくがまだ聴いたことのない曲、演奏についても今後書きます。プロコフィエフについての理解が深まることに合わせて、ホームページも内容豊かにしていきたいと考えています。 | |
2.図書紹介 | |
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一般の書店で手に入れることができる図書の紹介です。プロコフィエフの生涯について興味のある方は一読をおすすめします。「プロコフィエフ大好き」では、これらの図書およびアルバムに添付されているライナーノーツを参考にして記述している部分があります。
なお、音楽大学等の図書館には、研究者の書いた図書があるようです。一般のリスナーにとってすべての記述が必要でないにしても、興味を満たす内容が載っているかも知れません。それらは今後調べてみたいと思います。 | |
(1) プロコフィエフ その作品と生涯 | |
著者 サフキーナ 訳者 広瀬信雄 224ページ 1995年9月5日初版 株式会社新読書社 価格2,500円 | |
(2) プロコフィエフ -音楽はだれのために?- | |
ひのまどか著 245ページ 2000年4月10日発行 ビブリオ出版 価格2,000円 | |
(3) プロコフィエフ(絶版により入手困難) | |
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井上頼豊(いのうえ よりとよ)著
224ページ 1968年12月5日第一刷発行 株式会社 音楽之友社 価格1,000円 | |
(4) 作曲家別名曲ライブラリー20 プロコフィエフ | |
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260ページ
2001年12月31日第二刷発行 株式会社 音楽之友社 価格3,400円 | |
(5) ロストロポーヴィチ | |
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編著者 アレクサンドル・イヴァシキン
編訳者 秋元里予 260ページ 2007年9月20日第1刷発行 株式会社 春秋社 価格2,200円 31頁から45頁 プロコフィエフとの出会い | |
3.アルバムリスト | |
| 入手したアルバムを中心に紹介します。 | |
アルバムリスト | |
4.もっと!プロコフィエフ(おすすめ外部リンク) | |
The Serge Prokofiev Foundation(プロコフィエフ公式ページ:英語)
(Sviatoslav Prokofieff(プロコフィエフから見て「子」)の息子Serge Prokofieff Jr(孫)がウェブマスターをしている) | |
プロコフィエフの日本滞在日記
(1918年、ロシアの若き天才作曲家が、大正期のニッポンで過ごした日々) | |
5.現在のシステム | |
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デジタルプレーヤー LINN KLIMAX DS
CDプレーヤー LINN AKURATE CD アナログプレーヤー LINN LP12 コントロールアンプ LINN KLIMAX CONTROL パワーアンプ LINN C5100*2台 スピーカー LINN AKURATE242 | |
6.アルバムによる曲の紹介 | |
| ■(コンテンツの更新について)コンテンツは順次増やしていきます。また、一部書き直すことがあります。 ■(引用)楽曲メモの記述は「プロコフィエフ」井上頼豊著と「作曲家別名曲解説ライフラリ プロコフィエフ」(いずれも音楽の友社)を参考にしました。 ■タイトル横の日付は掲載日。 | |
![]() | 1.クラシック音楽を聴くには!?(06/02/22) |
![]() | 2.演奏者つながり −ピアノソナタ第7番・第8番−(06/03/06)
(楽曲メモ) 第7番 作曲:1939年から42年 初演:1943年1月18日 スヴィヤトスラフ・リヒテル 第8番 作曲:1939年から44年 初演:1944年12月30日 エミール・ギレリス |
| プロコフィエフはどのような作曲家?(09/05/03) | |
| ブロンフマンとその他の演奏者(08/11/22) | |
![]() | 3.ピアノソナタ −第6番・第4番・第1番−(06/03/08)
(楽曲メモ) 第6番 作曲:1939年から40年 初演:1940年4月8日 セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 第4番 作曲:1908年(1917年改作) 初演:1918年4月17日 セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 第1番 作曲:1907年(1909年改作) 初演:1910年3月6日 セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) |
![]() | 4.ピアノソナタ −第2番・第3番・第5番・第9番−(06/03/27)
(楽曲メモ) 第2番 作曲:1912年 初演:1914年2月5年 セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 第3番 作曲:1907年(1917年改作) 初演:1918年4月15日 セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 第5番 作曲:1923年(改訂:1952年から53年) 初演:1924年3月9日 セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 改訂版初演:1954年2月2日 アレクセイ・ヴェデルニコフ 第9番 作曲:1947年 初演:1951年4月23日 スヴィヤトスラフ・リヒテル |
![]() | 5.楽器つながり −ピアノ協奏曲第3番−(06/05/14) |
![]() | 6.ピアノ協奏曲 −第1番・第3番・第5番−(06/05/14)
(楽曲メモ) 第1番 作曲:1911年から12年 初演:1912年8月7日 ピアノ:セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 指揮:サラジェフ オーケストラ:名称不明 第3番 作曲:1917年から21年 初演:1921年12月16日 ピアノ:セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 指揮:ストック オーケストラ:シカゴ交響楽団 第5番 作曲:1931年から32年 初演:1932年 ピアノ:セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 指揮:フルトヴェングラー オーケストラ:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 |
| リヒテルの第5番(09/03/29) | |
![]() | 7.ピアノ協奏曲 −第2番−(06/10/02) (楽曲メモ) 第2番 作曲:1912年から13年(1923年改訂) 初演:1913年9月5日 ピアノ:セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 指揮:A.P.アスラーノフ オーケストラ:名称不明 改訂版:1924年8月5日 ピアノ:セルゲイ・プロコフィエフ(作曲者) 指揮:セルゲイ・クーセヴィツキー オーケストラ:名称不明 |
![]() | 8.ピアノ協奏曲 −第4番−(07/03/20) (楽曲メモ) 第4番 作曲:1931年夏から秋 初演:1956年9月5日 ピアノ:ジークフリート・ラップ 指揮:氏名不明 オーケストラ:ベルリン放送交響楽団 |
![]() | 9.作曲家つながり −ヴァイオリンソナタ第1番・第2番−(第1番:08/02/02 第2番:09/01/31)
(楽曲メモ) 第1番 作曲:1938年から46年 初演:1946年10月23年 ヴァイオリン:ダヴィド・オイストラフ ピアノ:レフ・オボーリン 第2番 作曲:1944年 初演:1944年6月17年 ヴァイオリン:ダヴィド・オイストラフ ピアノ:レフ・オボーリン |
![]() | 10.楽器つながり −ヴァイオリン協奏曲−曲との出会い(09/05/31) |
![]() | 11.ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番(09/07/19)
(楽曲メモ) 第1番 作曲:1915年から17年 初演:1923年10月18日 ヴァイオリン:ダリュー 指揮:クーセヴィツキー オーケストラ:名称不明 第2番 作曲:1935年 初演:1935年12月1日 ヴァイオリン:ソータン 指揮:アルボス オーケストラ:名称不明 |
![]() | このページについて |
1.まず最初に、音楽を聴き広げるには!? | |
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■さあ、これからいろいろなクラシック音楽を聴いてみたいと思ったとき、どうしますか?CDショップに行っても、何から手をつければいいのか迷いますよね。プロコフィエフのピアノが良いとホームページにあったからといって、いきなり聴いてみても、ピンとこないでしょう。
もし、プロコフィエフのピアノ曲を初めて聴いて、「おっ、また聴いてみようかな」と思った人は、感性がよほど鋭いか音楽に素養のある人だといいきっていいと思います。プロコフィエフのピアノ曲を紹介して、「音楽になっていない」、「また聴きたいとは思わない」などという返事も少なくないのです。ただこれは、誰の演奏をどのようして聴いたのか、聴いた人がどのような期待を持っていたかを知りたいところです。聴いた人の感想が常に的を射ているとは限らないからです。 無知や誤解により音楽の本質が心に届かないことがあれば、残念でとてももったいない。音楽や演奏の質が低いのならしようがない。結論を急ぐこともないでしょう。早合点、即断はせずに、わからない曲であっても、またいつか聴いてみようと思うくらいの柔軟さが必要です。そのことが、音楽に限らず、ご自身の楽しみやひいては人生の幅を広げます。 *** さて、プロコフィエフに行く前に、クラシック音楽をあまり聴いたことがないという人のために、広く深い太平洋のようなクラシック音楽をどのように自分のものにしていくか、少しアドバイスしましょう。この方法論は、ぼく自身が行っている方法ですが、同じような考え方を持っている方もいることでしょう。 音楽によって、元気を取り戻し、生活をもっと心豊かなものにするために、音楽の楽しいところを自身の視点から見つける。数ある音楽の中でも、クラシック音楽の中にしかない楽しさがあります。楽しさを見つけ、馴染み、理解し、さらにもっと楽しむ。まずは聴き広げる。クラシック音楽は、いいかも・・・と気づいた人がもっと聴いてみたいと思ったとき、たくさんある曲の中から、どうやって聴き広げていけばいいでしょうか。 (1)カバーされたクラシック音楽から入る。 2004年にヒットした平原綾香の「Jupiter」は、グスターヴ・ホルスト(1874-1934 イギリス)の組曲「惑星」のひとつ「木星(ジュピター)」に歌詞をつけたものです。この組曲はオーケストラで演奏されますが、木星のみならず、その他の惑星を表現した曲も神秘的でロマンチック、宇宙空間が目に浮かぶような曲ばかりです。そこで、平原綾香の「Jupiter」を聴いて惹かれるものがあったら、組曲「惑星」全曲をオーケストラで聴いて広げていきます。 (2)有名なクラシック音楽から入る。 有名な曲というのは、テレビなどでよく使われる曲のことです。たとえば、胃腸薬太田胃散のCMで使われているピアノ曲は、フレデリック・フランソワ・ショパン(1810-1849 ポーランド)のエチュード第7番です。知らない人は、第7番を太田胃散のオリジナルCM曲かと思ってしまうほどですね。ショパンのエチュードは、どれも傑作です。ここから、他のエチュードへと広げていきます。 (3)作曲家から入る。 ショパンはあまりにも有名なので、聴き広げるには最適です。ショパンの曲が気に入ったら、先ほどのエチュード(練習曲)のほかに、プレリュード(前奏曲)、ワルツ(円舞曲)、ピアノソナタなどとジャンルを広げていきます。どのジャンルにも、ひとつくらいどこかで聴いたことがあるという曲はあるでしょう。そういう曲に出くわすと、楽しく聴いて広げられます。 (4)演奏者から入る。 耳にしたことのある曲は、だれかの演奏によるものです。同じショパンでも、演奏者によってはガラリと雰囲気が変わります。曲もいいけど、この演奏者の音楽もいいなというのがあったら、その演奏者が演奏する異なるクラシック音楽を聴いて広げていきます。 (5)楽器から入る。 好きな楽器はありませんか?ぼくは最初、ヴァイオリンの音色が好きでした。ヴァイオリンにはふつう、ピアノの伴奏がつきます。そして、ピアノ曲が好きになりました。 (6)推薦アルバムから入る。 音楽専門誌がすぐれた演奏のアルバムを推薦することがあります。良いかどうかを判断するのはもちろんリスナーですが、聴くきっかけを推薦アルバムに求めることは、悪くないと思います。音楽専門誌の推薦に対し、実際に聴いてみて、賛同したアルバムは何枚もあります。 (7)オンラインショッピングサイトを利用する。 HMVjapan音楽CDサイトを最近は良く利用しています。キーワード検索、作曲家氏名検索、ジャンル検索などを通して、アルバムを探すことができます。この時、「HMVレビュー」はサイトで記載したアルバムの紹介、「ユーザーレビュー」は読んで字の如し、サイトにアクセスしたユーザーが打ち込んだ感想などです。賞賛するコメントが積み重ねられていれば、そう悪いアルバムはないでしょう。賛否両論の時は・・・。買ってみてからのお楽しみです。いずれにしても、参考となる情報かと思います。 (8)あなただけの楽しみ方 あなただけの楽しみ方を広げる方法に加えてください。 以上の8つの方法は、ひとつまたは組み合わせで使います。このホームページも「つながり」を求めて、発展させていきます。時間はかかっても、クラシック音楽の楽しめる部分から、少しずつ広げていくことが大事です。そうすれば、好きな曲が想像以上に増えていきます。 | |
2.演奏者つながり −「ピアノソナタ 第7番・第8番」− | |
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■むかし、JR御茶ノ水駅(東京都千代田区)沿いにディスクユニオンというCDショップがありました。(今もロックなどのアルバムを販売している。クラシックは移転したようだ。2008.1)そこで出会った、ガブリエル・フォーレ(1845-1924 フランス)のヴァイオリンソナタ第1番・第2番が、ぼくにとってのプロコフィエフに通じる入り口でした。
このアルバムをなぜ選んだかというと、この頃ヴァイオリンソナタの趣味を広げていて、音楽雑誌の推薦であることを知り、試しに聴こうと思ったからです。
プロコフィエフに行く前に、まずフォーレのヴァイオリンソナタ(*1)ですが、このアルバムは芳醇なフランスの香り、悲しみが込み上げてくるような美しい旋律、秘められた情熱、シュロモ・ミンツ(ヴァイオリン)が余すところなくヴァイオリンを響かせます。イェフィム・ブロンフマン(ピアノ)は、ミンツのヴァイオリンとよく息を合わせた伴奏をしています。フォーレの美しい旋律に対し、不安のない伴奏。実力のバランスが取れているところも楽しい。ブロンフマンのピアノは癖がなくて聴きやすいと思いました。 さて、翌1988年、イェフィム・ブロンフマンによるプロコフィエフのピアノソナタ第7番・第8番(*2)が発売されました。ブロンフマンのソロです。ブロンフマンは、フォーレで聴いていたので、演奏者つながりのアルバムです。 プロコフィエフとはどのような作曲家? この発売を知るや、作曲者が誰であるより、ブロンフマンの演奏を聴きたくて、アルバムを手に入れました。収録曲はつぎのとおりです。 曲名 ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調 作品83 1 T.Allegro inquieto(8:13) 2 U.Andante caloroso(6:58) 3 V.Precipitato(3:20) ピアノ・ソナタ第8番変ロ長調 作品84 4 T.Andante dolce(14:36) 5 U.Andante sognando(4:11) 6 V.Vivace(10:14) (*1 シュロモ・ミンツ(ヴァイオリン)/イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) グラモフォン「423 065-2」1987年発売(輸入版) 再販:発売元ユニバーサルクラシック UCCG3923) (*2 イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) CBS/SONY CSCR8443) - 楽曲メモ - 作曲時期:1939年-1942年5月 初演(演奏者):1943年1月18日(スビャトスラフ・リヒテル) プロコフィエフはピアノソナタを9曲完成させています。第1番から始めたいところですが、話の成り行きから第7番と第8番からです。 ピアノソナタ第6番・第7番・第8番は、第二次世界大戦中に書かれたもので、戦争ソナタ(文献には「戦時のソナタ」「プロコフィエフ 大音楽家・人と作品」井上頼豊著 音楽之友社 昭和43年12月5日発行)と呼ばれています。"戦争"とはいっても、今流の戦意高揚や反戦を訴えたりするものではありません。戦争という社会環境がプロコフィエフを刺激し、創作意欲となって、芸術性が生み出されたものと思います。 プロコフィエフの音楽にはどの曲にも一貫して、「旋律の意外性」、ロシアの大地を想像させる「優美な叙情性」が盛り込まれています。第7番・第8番のメロディは最初は、とても複雑に聴こえるかもしれませんが、プロコフィエフの中では、案外パターンのつかみやすいメロディなので、初めて聴く曲として向いているのではないかと思います。 作曲家がいくら優れた音楽を作っても、楽譜から自分で読み解く以外は、演奏家という仲介者を通して、音楽を感じることになります。イェフィム・ブロンフマンのピアノ演奏は、的確な解釈であり、プロコフィエフの音楽性にぴたりと一致しています。「旋律の意外性」は、時にヒステリックな演奏になったり、叙情性もどこかへ行ってしまいがちです。作曲家の考えとは違った方向へ向かってしまっているのではないかと思うアルバムが多い中で、このアルバムはお勧めです。ぜひ、聴いてみてください。 プロコフィエフの音楽の「旋律の意外性」とは、奇をてらい、意味の希薄な音符が続くというものではありません。メロディは複雑で、演奏も早い。しかし、繰り返し聴く中で、音符・フレーズに無駄な部分がないと、感じられてきます。水晶のように凝縮された美しいフレーズがいくつも連結されて、曲が形作られています。このような研ぎ澄まされた構成美をもつ音楽は、強い力でリスナーを惹きつけますが、ブロンフマンはそれを演奏によっても実現しているのがすごいところです。 ここで、整理しましょう。 プロコフィエフの音楽性をよりよく理解するために、大胆にもふたつのキーワードで表してみます。 1.「旋律の意外性」 2.「優美な叙情性」 "意外"というふうに感じる旋律は、「皮肉なユーモア」と言いかえられるかもしれません。 ブロンフマンの演奏には、他のピアニストにはないつぎのような優れた点があるので、それらもキーワードで表してみます。 1.プロコフィエフの的確な解釈、リスナーに媚びない正統的な演奏姿勢 2.不自然なゆらぎ、もたつきのない演奏技術、音符の整理、休止符(無音)の表現 3.クールな叙情性 プロコフィエフとはどのような作曲家?そして、プロコフィエフとは、どのような作曲家と言えるのでしょうか?私たちに与えられている手がかりは、 1.楽譜 2.プロコフィエフについての文献 3.プロコフィエフが作曲した曲の演奏 と限られています。 そこで、つぎの文献を見てみましょう。 祖国の戦乱を避けてアメリカに渡ったプロコフィエフは1919年新聞記者のインタビューを受けることになり、ニューヨーク、セントラルパーク近くの会員制クラブにいました。そこで記者といっしょにいた裁判官と名乗るアメリカ人によって引き合わされた日本人作曲家山田耕作との会話があるのですが、プロコフィエフの性格や考えが垣間見られるのでその場面を引用します。 この感覚は、ペトログラードやモスクワで、芸術仲間と激論を闘わしている時と似ている。痛快な気分だ。 記者は感心にも食い下がってきた。 「それではうかがいます。あなたの作曲に対する信念とはどのようなものですか?」 「古い形式を打ち破り、自由な表現を目指すこと」 記者は大きくうなずくや、間髪を入れず山田に問いを向けた。 「同じ作曲家として、プロコフィエフ氏の今の言葉をどう考えますか?」 山田は一瞬たじろいだ。 −−答えられるものなら答えてみろ。 プロコフィエフには、日本人は論争のできない民族だ、という頭がある。唯一話の通じたオタグロでさえ、こっちの意見をありがたがってきくだけだった。が、意外にも、ひと息置いて山田は堂々と自分の意見をのべ始めた。 〜中略〜 「な、な、なんだと?おまえに何が分る。そんなことを言う資格がどこにある!」 「新しいということは、それだけでは何の価値も持ちません。一番たいせつなのは、新しいということより、純真であるということではないでしょうか?(以下、略)」 「な、な、なに!ぼくの音楽を知っているのか、ぼくの芸術を知っているのかっ」 顔を真っ赤にして立ち上がらんばかりのプロコフィエフを、裁判官は笑顔で制した。 (「プロコフィエフ 音楽はだれのために?」から引用) この後、プロコフィエフは山田耕作に一目を置くようになります。山田もプロコフィエフの偉大さがわからないはずはありません。 プロコフィエフの生活は二度の世界大戦を経験しており、曲の背景にはその当時住んでいた国や社会情勢、出会ったひとびとの関わりがあったことがうかがえます。しかしかれの崇高な芸術は、生まれ持ったパーソナリティーに支えられていたというべきでしょう。 つまり、音楽を愛する心を持ちながら、作曲家としては既成のスタイルを超えて信念にもとづき、寿命の尽きるまですばらしい音楽のへ本質的な追求を続けたこと、同時に表現者としてはより多くのひとに対して自分の音楽を理解し認めてほしいという欲求を持ち続けた人物であったということです。 心静かにプロコフィエフの音楽に耳を傾けてみてください。音楽に対し正直でまじめな思いが感じられないでしょうか。プロコフィエフという人物は、生涯変わらぬ一途な精神をもった最高の芸術家のひとりなのです。 ・ブロンフマンとその他の演奏者アルバムリストには、イェフィム・ブロンフマン以外のピアニストの演奏によるピアノソナタも追加しています。クラシックには、同一の曲を演奏者を替えて色合いの違いを楽しむ聴き方があります。その点で言うと、ブロンフマンにはない演奏、ピアニシモのパートを心に染み入るように奏でるピアニストもおり、ブロンフマンでなくてもよいということになります。しかし、ピアニシモは得意でも、アクセントをつけて高らかに歌い上げるパートになると、音符が四方八方ばらばらになり、とりとめのないプロコフィエフになってしまう演奏が思ったより多い。また、演奏によって展開される"世界観"にそもそも疑問符のつく演奏もあります。その理由は、テクニックが不足しているためなのでしょうか? おそらく、曲に対するピアニストの"共感"や"見通し"の優劣が演奏に表れているのだと思います。 ブロンフマンのピアノは、ひとつの共感の提示です。共感のうえに立ち、ピアニストとしての良い意味での"意訳"があって、ぼくはその解釈や演奏表現がすばらしいと思います。難解なプロコフィエフの音符音符をまとめあげ、プロコフィエフのソナタに含まれる雰囲気をよく表しています。それは、プロコフィエフのソナタに対して"見通し"ができているからであり、その点が他のピアニストとの違いを感じる部分です。 ブロンフマンのピアノは、プロコフィエフ本人にも聴いてもらいたい、そんなことを改めて感じた演奏です。 (2009.3.28書き直し) | |
3.ピアノソナタ −「第6番・第4番・第1番」− | |
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1994年、ブロンフマンによる二枚目のプロコフィエフが発売(*3)されました。収録曲はつぎのとおりです。
曲名 ピアノ・ソナタ第6番イ長調 作品82 1 T.Allegro moderato(8:57) 2 U.Allegretto(4:49) 3 V.Temp di valzer lentissimo(7:33) 4 W.Vivace(6:49) ピアノ・ソナタ第4番ハ短調 作品29 「古いノートから」 5 T.Allegro molto sostenuto(5:30) 6 U.Andante assai(7:04) 7 V.Allegro con brio,ma non leggiero(3:33) ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調 作品1 8 Allegro (7:02) (*3 イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) SK-52484(輸入版) ※国内版なら、SRCR 9596) - 楽曲メモ - 作曲時期:1939年-1940年 初演(演奏者):1940年4月8日モスクワ放送(作曲者自身) 第6番のAllegro moderato(8:57)は、個性的で斬新なフレーズで始まります。「これぞ!、プロコフィエフ」という予感を感じさせます。第6番は、第7番・第8番とともに、プロコフィエフを知るリスナーや音楽専門家から高い評価を得ている曲です。いわゆる戦争ソナタは、プロコフィエフの意欲充実の時期に作られ、実に見事な音楽表現。20世紀を代表するピアノ曲であると評価されるくらいです。 プロコフィエフビギナーの方は、まずはこれらを繰り返し聴いて、プロコフィエフの「ピアノ世界のかけら」を感じ取ってもらえたら、嬉しいですね。 そのつぎは、第4番と第1番が収録されています。第1番は、全盛期や円熟した晩年のプロコフィエフの作品を知る者からすれば、フレッシュ過ぎる感じが否めないかもしれません。しかし、プロコフィエフが初めての方には、聴きやすい印象を残すでしょう。 戦争ソナタを聴きなれたリスナーは、第4番を初め、戦争ソナタ以外の曲にさしかかったとき、やがてプロコフィエフの曲調の変化に気がつき、とまどうかもしれません。戦争ソナタ以外は、演奏もアルバムも実に少なく、人気はさらに低いかもしれませんが、しかし、第4番なども胸を張って名曲であるといいたい。第4番をきっかけに、全9曲のピアノソナタの中で、つぎなるステージに入っていきます。 プロコフィエフのピアノ音楽は、連続する音符が意外な音階に飛びます。しかしこれは、多く人々にプロコフィエフが誤解される残念な点です。その「旋律の意外性」は単なる思いつきではなく、聴き込むほど、むしろ必然性が感じられます。無意味な音楽的フレーズなどではありません。プロコフィエフの天才的なセンスが楽想となって、ピアノ曲に凝縮されたものだと思います。 ここまで、ピアノソナタ5曲の紹介です。プロコフィエフは幅広いジャンルの曲を残していますが、自身が優れたピアニストだったこともあり、プロコフィエフをピアノ抜きで語ることはできません。当ファンクラブ推薦のアルバムを買って、実際にお聴きになることをお勧めします!。 | |
4.ピアノソナタ −「第2番・第3番・第5番・第9番」− | |
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ピアノソナタの代表的作品群、第6番・第7番・第8番を聴き、曲調の異なる第4番・第1番も聴きました。プロコフィエフはピアノソナタを全9曲完成させています。1996年、ブロンフマンによる三枚目のプロコフィエフが発売(*4)されましたが、このアルバムには残りのソナタが収録されています。収録曲を見てみましょう。
曲名 ピアノ・ソナタ第2番二短調 作品14 1 T.Allegro,ma non troppo(6:22) 2 U.Scherzo.Allegro marcato(2:00) 3 V.Andante(5:13) 4 W.Vivace(4:30) 5 ピアノ・ソナタ第3番イ短調 作品28 「古いノートから」(7:29) ピアノ・ソナタ第5番ハ長調 作品38(1923) 6 T.Allegro tranquillo(6:07) 7 U.Andantino(4:11) 8 V.Un poco allegretto(5:42) ピアノ・ソナタ第9番ハ長調 作品103 9 T.Allegretto (7:26) 10 U.Allegro strepitoso (2:55) 11 V.Andante tranquillo (7:36) 12 W.Allegro con brio,ma non troppo presto(5:47) (*4 イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) Sony Records SRCR 1565) 第2番は全体を通してそうですが、 T.Allegro,ma non troppo(6:22)からはじまり、風変わりで、神秘的、美しいフレーズも盛りだくさんですが、心理的な不安感を助長するような曲調です。U.Scherzo.Allegro marcato(2:00)は、ますます不安感をあおります。2分の短さですが、途中で小さな場面転換をはさみ、心憎い仕掛けが施されています。V.Andante(5:13)は、美しさを前に表した曲。W.Vivace(4:30)は、第2番を元気に締めくくります。 ピアノ・ソナタ第3番イ短調 作品28 「古いノートから」(7:29)は、プロコフィエフがペテルブルク音楽院在学中(1907年)に作った曲を1917年に作り直したものです。サブタイトルはこの改作を意味します。プロコフィエフは、この他にいくつもの改作を行っており、より良いものを創作し残していこうという意識の持ち主でした。 第3番は単一楽章ですが、一言でいうと、いくつもの輝くフレーズを詰め込んだ宝石箱のようなものです。美しさ、力強さ、壮大感などフレーズの数をかぞえてみてください。プロンフマンの演奏は、抑揚のつけかたがうまく、曲にいい感じの陰影をつけています。特に、4分30秒付近からはじまる、場面展開や壮大な美しさは、まるでオーケストラを聴いているような、味わいを持っています。ピアノにこのような優れた曲を与えるプロコフィエフは、ピアノという楽器の「鳴らし方」を追求しているようにも思えます。ピアノとは、いったいなんだ?という、問いかけをしてしまうほど、ピアノを知らなかった自分に気がつきます。 ピアノ・ソナタ第5番は、名曲に推したい。ピアノソナタでは、もっとも好きなグループに入ります。第5番は、1924年にプロコフィエフ自身により演奏されましたが、不評で、しばらく経ってから作品番号135を与えられ改訂されました。プロコフィエフによる曲の改訂は、より良い創作をするためでした。第5番は、改訂しなければならない問題点があったのでしょうか。 当時、聴衆は第5番に期待はずれを感じました。プロコフィエフ流の野性的で力強い曲を聴きたいというのです。プロコフィエフは作品の問題点を認め、改訂します。そもそも、第5番は、「旋律の意外性」を透明感、シンプル、繊細なイメージで表すところが持ち味です。批判に応えて書き直すというのは、「曲をにごす」おそれはなかったのでしょうか。ただ、楽譜を調べてみると、わずかな修正をしているのみで、その修正が本当に聴衆に応えるものであるか不思議です。もし、プロコフィエフに会えたら・・・、このままでいいんだよ、と励ましてあげたいですね。改訂版をおもむきの違う曲として楽しむこともできますが、第5番は改訂しなくても十分に完成した曲です。なお、ブロンフマンはこのアルバムで、改訂前の曲を演奏しています。 ピアノ・ソナタ第9番は、プロコフィエフの晩年にさしかかる頃(1947年)の曲です。ぼくは、この曲もいいなぁと思います。透明感、シンプル、繊細なイメージでは、第5番と通じるものがあります。T.Allegretto (7:26)は、哀愁ただよう旋律で始まります。若い頃は野心的で力にまかせて進み、ふんだんに飾りますが、経験を積むごとに、本当に必要なものだけを残していく・・・。これは多くの人が歩く道でしょう。第9番は、各楽章で遊んだあと、W.Allegro con brio,ma non troppo presto(5:47)では、何種類もの短いフレーズの中にT.Allegretto (7:26)のフレーズを回想し、静かに閉じます。生涯をかけて作ってきた自分のピアノソナタを今思い返すように・・・。 | |
5.楽器つながり −「ピアノ協奏曲第3番」− | |
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プロコフィエフのピアノソナタを知って、4年後の1992年、ピアノ協奏曲を聴きました。第3番です。楽器つながりで、ピアノを使った曲をどんどん聴いてみたいなぁという感じでした。手にしたのが、つぎのアルバム(*5)です。プロコフィエフはピアノ協奏曲を5曲完成させており、中でも第3番が最も人気の曲です。
曲名 プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26 1 第1楽章 Andante - Allegro(8:55) 2 第2楽章 Andantino(Theme - Variations)(9:00) 3 第3楽章 Allegro ma non troppo (8:57) マルタ・アルゲリッチ(ピアノ) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:クラウディオ・アバド 録音:1967年ベルリン (*5)グラモフォン POCG-1314 (このアルバムには、モーリス・ラベルのピアノ協奏曲も収録されています) マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)は、プロコフィエフの旋律をゆらぐことなく弾ききっており、確かな腕前を感じます。オーケストラも場面々々をよく表現しています。ただ、オーケストラのテンポにはぎこちなさがあること、低い音程の録音が十分でないこともあって、何かに追われているかのような急ぎ足の曲に聴こえます。 | |
6.ピアノ協奏曲 −「第1番・第3番・第5番」− | |
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■そして、1993年、ブロンフマンによるピアノ協奏曲(*6)が発売されました。収録曲を見てみましょう。
曲名 ピアノ協奏曲第1番 変ニ長調 作品10 1 Allegro brioso - Poco piu mosso - Tempo primo - (3:39) 2 Meno mosso - (3:15) 3 Andante assai - (3:49) 4 Allegro scherzando - Poco piu sostenuto (4:24) ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26 5 Andante - Allegro(8:58) 6-12 Tema.Andantino - Var.1-5 - Tema.L'istesso tempo (9:13) 13 Allegro ma non troppo (9:22) ピアノ協奏曲第5番 ト長調 作品55 14 Allegro con brio (4:52) 15 Moderato ben accentuato (3:47) 16 Toccata.Allegro con fuoco (piu presto che la prima volta) (1:54) 17 Larghetto (7:06) 18 Vivo (5:08) イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) イスラエル・フィルハーモニック・オーケストラ 指揮:ズービン・メータ 録音:1991年11月14-25日イスラエル・テルアビブ (*6)ソニーレコード SRCR-9336 ピアノ協奏曲は、作曲者がプロコフィエフですから、ピアノを縦横無尽に弾ききった曲であると想像できますね。このアルバムのすばらしいところは、ブロンフマンとズービン・メータの音楽イメージが完全に同じレベルにあって、演奏が成立しているところです。お勧めのアルバムです。プロコフィエフの曲は、演奏者によって表現が大きく違います。このアルバムのように、すべてが同一のイメージでまとまっている演奏はそれほど多くはなく、わずかです。 ブロンフマンのピアノは、ソナタでも聴かせてくれたように、美しく上品な音色を奏でます。それでいて、力強い。スピード感も心地よい。ズービン・メータとイスラエル・フィルハーモニック・オーケストラは、曲のテンポ、各楽器の音量、音符の整理が見事です。このふたつのエネルギーが協奏曲の中で、融合します。 ただし、融合といっても単純ではなく、特徴があります。それは、プロコフィエフのピアノ協奏曲は「オーケストラ付きピアノ曲」であり、それを前提としているということです。協奏曲は、いわば"ステージ空間"です。主役はピアノであり、ステージの上で、ピアノが踊ります。トッカータの中で、ピアノが華麗なステップを踏みます。オーケストラが情景を描いている間は、ピアノはじっとしていて、収まるや袖からピアノが出てきます。オーケストラは、情景を作り出し、息を合わせて、ピアノを踊らせてあげないといけない。そうすることによって、プロコフィエフのピアノ協奏曲は生き生きとしてきます。 ピアノ協奏曲全曲、「オーケストラ付きピアノ曲」です。第3番の13 Allegro ma non troppo (9:22)は、プロコフィエフが日本に滞在したときに聴いた「越後獅子」のメロディをモチーフにして作られており、話題性があります。(ただし、第3番の第3楽章の主題のモチーフは「越後獅子」であると言われているのは俗説である。未完の「白鍵弦楽四重奏曲」から流用したもので、越後獅子とも似ておらず、誤りである、との記述がフリー百科事典「ウィキペディア」のセルゲイ・プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番にあります。ふたつの言い分については、信用のある記録や証言に頼る必要があるでしょう-2008.11.9-)ロシアの曲なのに、どこか懐かしさを感じますが、曲は全般的に神秘的な調子を持っています。4:30付近から終わりにかけての、ピアノと弦との優美な叙情性は、マルタ・アルゲリッチでは聴けなかったところです。また、終盤にかけて短く"ピアノのステップ"が入っているのがわかります。聴きどころです。 収録の順序で、第2番、第4番を飛ばし、第5番です。ブロンフマンとズービン・メータの融合という点でいえば、第5番で最高潮を迎えます。第5番はこの演奏により真価を発揮。プロコフィエフの才能を実感します。ただし、プロコフィエフはピアノ協奏曲において作曲に行き詰まりを見せていたとも言われており、新境地を開くためか前4曲にはない形式を用いています。プロコフィエフは第5番に"新しい単純性を用いてかえって難しいものになった"と回想しています。 プロコフィエフのいう"新しい単純性"とは、ピアノの部分でいえば、ブロンフマンが同じ音階のフレーズを立て続けに弾ききるところがありますが、象徴的なのはまさにその部分ではないかと思います。"新しい単純性"はその作者によっても難しいという感想がもたらされているのを、オーケストラとよく息を合わせながらまとめあげています。第5番を聴くとまず前4曲にはない新鮮さとおもしろさを感じることでしょう。 第5番はほとんど注目されないのが残念。そんな第5番は、他のピアノ協奏曲と比較して、ますますピアノの舞踏性が強くなります。ブロンフマンは独奏もうまいが、他の楽器との合奏もうまい。トランペットと踊ったり、弦と踊ります。ピアノが華麗にステップを踏み、かっこよく舞うわけです。リズム感、スピード感が爽快です。甘い叙情性も忘れてはいません。聴きどころは、満載!聴きごたえもたっぷり。ソナタのコメントで使ったキーワード、「旋律の意外性」・「優美な叙情性」にプロコフィエフの好きだった舞台音楽の要素が加わった、協奏曲というふうにぼくは受けとめています。ピアノ協奏曲の中では、大好きな第5番をおすすめします。 ・リヒテルのピアノ協奏曲第5番プロコフィエフと同時代を生きた名ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル。先日、「リヒテル第11集 / ピアノ協奏曲ライヴ集、パリ1964 1967」を入手しました。ぼくにとってのリヒテルといえば、「ハイドン ピアノ・ソナタ第41、44、48、52番」などでしたが、「プロコフィエフ 束の間の幻影:作品22:抜粋」を聴いて、プロコフィエフを誇張せず味わいをつかんで表現していることから、注目度アップのピアニストになりました。 そこで、1967年録音、リヒテル、ロリン・マゼール(指揮)とフランス国立管弦楽団のライブ盤の紹介です。 オーケストラに頼りなげな印象もなくはないのですが、リヒテルのピアノタッチがはっきり録音されていて古い録音の割に聴きやすい。緩急のつけかた、ピアノ演奏の表情の幅が広く、懐の広いプロコフィエフを楽しむことができます。 −アルバムメモ− プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第5番、他(リヒテル第11集) (バッハ:ピアノ協奏曲第5番へ短調 BWV.1056) (ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調 Op.15) カタログ番号:DHR7872 発売国:カナダ (2009.3.29) | |
7.ピアノ協奏曲 −「第2番・第4番」− | |
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■1994年、プロコフィエフのピアノ協奏曲全演奏の録音が完成します。2枚目のアルバムの発売です。収録曲を見てみましょう。(カッコ内は演奏時間)
曲名 ピアノ協奏曲第2番 ト短調 作品16 1 T.Andantino (11:04) 2 U.Scherze.Vivace (2:28) 3 V.Intermezzo.Allegro moderato (6:20) 4 W.Finale.Allegro tempestoso (10:50) ピアノ協奏曲第4番(左手のための) 変ロ長調 作品53 5 T.Vivace(4:30) 6 U.Andante(9:51) 7 V.Moderato(7:26) 8 W.Vivace(1:32) イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) イスラエル・フィルハーモニック・オーケストラ 指揮:ズービン・メータ 録音:1993年7月8-17日イスラエル・テルアビブ (*7)ソニーレコード SRCR-9737 プロコフィエフは1913年、ピアノ協奏曲第2番を作曲しました。ピアノ協奏曲中、この曲は「グロテスク・野性的」な印象を最も色濃く表しています。演奏はピアノ独奏の部分が長く、第一楽章では半分に達するほどです。特に5:11から始まる主題を提示するピアノ独奏は、協奏曲であることを忘れて聴き入ってしまいます。ブロンフマンの縦横無尽な演奏によって、主題が広大なスケール感を持って展開され、ムード満点で実に楽しい。プロコフィエフは自身の作品で「グロテスクに・野生的に」という演奏指示を与えていますが、ここではオーケストラが効果的な演奏をしています。「グロテスクに・野生的に」をズービン・メータはオーケストラで見事に表現しています。ピアノの伴奏をするという変則的なオーケストラなのに、プロコフィエフワールドを絶妙に形作っているところが興味深く聴きどころです。 アルバムの演奏から、曲の構成を抜き出してみます。 第1楽章 序章(主題含む) 0:00〜2:30 転換 2:31〜3:54 ピアノ独奏(オーケストラ伴奏付き) 3:55〜5:10 ピアノ独奏(主題) 5:11〜9:45 結び(特にチューバ オーケストラで締める) 9:46〜10:20 回想(短く主題を繰り返す) 10:21〜11:04 第3楽章 序章(主題含む バスドラム クラリネット) 0:00〜1:35 ピアノ独奏 1:36〜2:00 転換 2:01〜3:03 転換 3:04〜3:21 転換 3:22〜3:40 ピアノ独奏(主題 オーケストラ伴奏付き) 3:41〜5:00 転換 5:01〜5:34 結び(オーケストラで締める) 5:35〜6:20 (※構成として分類した内容はアルバムにもとづき作者の主観により記述したもので、プロコフィエフの作曲上の意図にもとづくものではありません) 発表当時、この曲は聴衆に動揺を与え、大変な騒きになったといいます。1913年といえば、第一次世界大戦の前年であり、第一次世界大戦は初の世界的規模の大戦争でした。このようなことから、ピアノ協奏曲第2番を"明らかに時代の不安を反映するものである"と書く文献もあり、そう言いたい気持もわかりますが、ぼくはにちょっと疑問です。 というのは、1.プロコフィエフは政治(国際政治)には特に関心を示さなかったこと、2.作曲時は22歳という年齢的なことによること、彼の性格からしても野心的な曲を書くのはむしろ自然なこと、3.聴衆を驚かせる曲を意識して書いていること、が思い浮かぶためです。 しかし、プロコフィエフの鋭敏なセンスがアンテナとなり、無意識に時代背景をくみとって、ピアノ協奏曲第2番のような曲を書いたと言えるのかもしれません。あとは、皆さんが実際に聴いて考えてみてください。 ピアノ協奏曲最後の紹介になりましたが、第4番です。 曲名の"Left Hand(左手のための)"とは、ピアノ演奏を左手のみで行うことを意味します。第一次世界大戦で右腕を失ったヴィトゲンシュタインのために作曲されたのですが、彼はプロコフィエフに作曲を依頼したにもかかわらず、演奏しなかったそうです。その理由が"理解できない(つまらない)"というものでしたが、本当のところはどうだったでしょうか。右手で容易に弾けても、指の位置が反対の左手で弾くにはおのずと難しさが伴うわけです。 演奏者は演奏技術を介して、音楽解釈を常に意識しています。演奏のたびに少しずつ違いが生じることは、ピアニスト自身が一番感じるところであり、他のピアニストや自身の演奏技術の良否については、とても敏感にならざるを得ないものだと思います。演奏者は、聴衆の前では弾けない、弾きたくないなどの理由が時にはあるのでしょう。 "Left Hand(左手のための)"。 プロコフィエフは、その旋律を描くために一生懸命に作曲をしたのではないかとぼくは想像します。この"小さなアクシデント"でプロコフィエフの存命中には演奏されず、第二次世界大戦で右腕を失った東ドイツのジークフリート・ラップにより演奏される、1956年まで時を待たなくてはなりませんでした。 さて、イェフィム・ブロンフマンと指揮ズービン・メータによる協奏曲。演奏イメージの一致。安定した演奏技術。プロコフィエフのピアノ協奏曲の中では、穏やかな印象の曲です。片手では、和音の成立に限界があるのでしょう。よく聴くとほとんどのピアノ音が単一の旋律で、シンプル。シンプルな連音の中に、プロコフィエフワールドの味わいが収められているところがすごい。プロコフィエフのピアノ協奏曲は、オーケストラがピアノの伴奏をする構成でしたが、このアルバムでは互角かオーケストラが前に出てくる場面が増えてます。 曲調は、ロマンチックであるというよりは、夕暮れ時にあるような、安らぎに向かっていくイメージ。5曲の中では、シンプルに最も叙情性を表現している曲。いい曲です。 | |
9.ヴァイオリンソナタ −「第1番・第2番」− | |
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■1988年、シュロモ・ミンツ(ヴァイオリン)/イェフィム・ブロンフマン(ピアノ)によるヴァイオリンソナタが発売されました。プロコフィエフを知るきっかけになった、あの"フォーレの演奏コンビ"の再来です。
そしてもう一枚。1992年、ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)/マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)によるヴァイオリンソナタが発売されました。 どれも一流の演奏家によるアルバムですが、もしプロコフィエフ本人がこれらの演奏を聴いたら、自身のイメージに近いのはどちらというだろうか・・・、そんなことを思いました。 この他にも、プロコフィエフのヴァイオリンソナタを演奏しているアルバムはいくつかありますが、シュロモ・ミンツ(ヴァイオリン)/イェフィム・ブロンフマン(ピアノ)をまずは聴いてほしい。ただし現在(2009.2)このアルバムは発売されていません。中古でもなかなか見つけられませんが、探して聴く価値があります。 プロコフィエフはヴァイオリンソナタを2曲完成させています。収録曲を見てみましょう。(カッコ内は演奏時間) 曲名 ヴァイオリンソナタ第1番 へ短調 作品80 1.Andante assai (8:05) 2.Allegro brusco (6:55) 3.Andante (8:27) 4.Allegrissimo (7:43) ヴァイオリンソナタ第2番 ニ長調 作品94a 1.Moderato (8:02) 2.Scherzo.Presto (4:44) 3.Andante (3:55) 4.Allegro con brio (6:58) シュロモ・ミンツ(ヴァイオリン) イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) 録音 1987年6月 ケルン ゼンデザール グラモフォンF32G 2015 楽想は、鬱積、屈折、不安、恐怖、驚愕、意外性、しかし一方に美的幻想、甘美な叙情性、情熱、民謡的哀愁が並存しています。プロコフィエフの曲には、このような対立するふたつの要素があって、ひとつの曲として成り立たせ、さらなる奥深さを出しています。ミンツ/ブロンフマンは演奏により、このようなプロコフィエフの特徴をひたすら表現しています。 ミンツのヴァイオリンは、シルクのように美しい。ブロンフマンも、繊細で雄大、しかもヴァイオリンに合わせるのがうまい。ヴァイオリンに歌わせ、自らも歌います。 ヴァイオリンソナタ第1番の第1楽章は、ブロンフマンのピアノによる低音演奏から始まり、ヴァイオリン、ピアノで不安、鬱積を増長していきます。結末のヴァイオリンによる滑らかに上下する音符群に、プロコフィエフは「墓場にそよぐ風のように」と指示を与えています。 第2楽章は、屈折、不安、恐怖、驚愕を弾むようなメロディで展開したかと思うと、一転して、民謡的哀愁を備えてヴァイオリンが豊かに歌い上げます。 "弾むようなメロディ"で、ミンツはわずかに音階をずらしてヴァイオリンを鳴かせます。 − きしむ、美音 − シルクのような美しさと音階をずらした違和感の並存。ヴァイオリンは音感により押さえる位置を決めるので、演奏者の音感がずれていると、訛りが発生します。これほど芸術的にヴァイオリンをきしませ、鳴かせるミンツは、演奏技術だけではなく、優れた耳と音感を持っているということです。聴きごたえ十分です。 第3楽章は、美的幻想、優美な叙情性、民謡的哀愁。プロコフィエフワールドの一面が堪能できます。プロコフィエフしか編み出すことができない、美的幻想。 第4楽章は、ヴァイオリンのフィンガー・ピッキングも加わり情熱的にヴァイオリンとピアノが旋律を刻んだあと、美的幻想、優美な叙情性、民謡的哀愁にもどり、ドラマチックに展開したあと第1楽章の最後のフレーズ(「墓場にそよぐ風のように」)が回想されます。そしてひたひたとピアノが歩んだあと、静かに幕が下ろされます。 *** ヴァイオリンソナタ第2番 *** ヴァイオリンソナタ第2番は、プロコフィエフが作ったフルートソナタをバイオリニストのオイストラフの提案を受けて改作したものです。原曲であるフルートソナタは1943年8月に完成し、初演は12月7日にフルート:ハリコフスキー、ピアノ:リヒテルによって演奏されました。 どこか、"昔話を優しく語りかけてくるような"、ヴァイオリンの民謡的哀愁(第1主題)で始まる第2番は、ヴァイオリンソナタ第1番とともに、プロコフィエフワールドを堪能できる曲で、ぜひ聴いてもらいたい一曲です。 ゆっくり始まる"語りかけ"の旋律(第1主題)は、第1楽章で形を変えて幾度となく繰り返され、第1楽章の全体的な世界観の基本をなしています。そして、中盤では、ヴァイオリンが細かく旋律を刻み、ピアノの美音ともに高らかに歌い上げ、崇高な世界に到達していきます。そして、第1主題を回想するように終盤へと曲を閉じていきます。 第2楽章は、第1楽章の主題から、一転して、ヴァイオリンとピアノがスケルツォ(くだけたという意味の楽曲の区分)の中で元気よく戯れ遊びます。途中、ヴァイオリンが気分を変え、哀愁調となり、ふたたび元気よく戯れます。 第3楽章は、夢の中で浮き沈むような、まどろみ、安らぎの曲調。しかし、まどろみの中にも、どこか不安な、不可思議な心理です。 第4楽章は、ヴァイオリン・ピアノがソナタ第2番を締めくくるように、弾むように演奏されます。壮大な展開を見せたあと、曲のちょうど途中あたりから、ピアノと手を取りながらヴァイオリンが静かに語りなおし、第1主題を繰り返します。締めくくりは、ヴァイオリンが歌い上げピアノが下支えして、壮大に展開して閉じます。 ** このヴァイオリンソナタはわずか2曲であるにもかかわらず、数ある楽曲の中で、プロコフィエフの味わいがもっともよく表れているのではないかと思います。曲調、ニュアンス、世界観は、どの作曲家も持つことのできない、プロコフィエフ独自のものが表現されています。ヴァイオリンの旋律が優れていることのほかに、ピアノも良い。ピアノは伴奏だから手を抜くということがありません。プロコフィエフの楽曲には、無駄な音符がないと評されることがありますが、用いられる楽器すべてにあてはまります。それはリスナーからすると"退屈する"ということがないという感覚で理解されるのです。 | |
10.ヴァイオリン協奏曲 −曲との出会い− | |
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■クラシックを聴くきっかけがヴァイオリンであったぼくはソナタから協奏曲へと進んでいくわけですが、チャイコフスキーやベートーヴェンまたはブラームスを聴いてはいたものの、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲の鑑賞は当初とても苦しみました。
ところで、ぼくのヴァイオリン協奏曲の出発点は、ブラームスにありました。 図書館で借りた1枚のCD。アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)、サー・コリン・デイヴィス指揮、ニューフィルハーモニア管弦楽団(※4)。このアルバムはいま聴いてもすばらしい。 ブラームスが作曲したヴァイオリン協奏曲は、この1曲のみ。3楽章からなり、トータル40分弱の演奏。ヴァイオリニストのグリュミオーは偉大なる演奏家で、フィリップスにおいて多数のヴァイオリン曲のアルバムを残しています。ぼくはグリュミオーの美しいヴァイオリンの音色に思わずうっとりしてしまいました。演奏はでしゃばらず穏やかにもかかわらず、複雑な陰影に富んでおり、内に秘めたロマンと情熱を表しています。幾重にも折り重ねられたヴァイオリンの音色は永遠の安らぎです。クラシックにはこのような素晴らしい音楽表現があるのかと、当時感動を抑えられませんでした。 そしてまた、サー・コリン・デイヴィスとニューフィルハーモニア管弦楽団もグリュミオーと息が合った演奏を繰り広げています。すべてに調和が取れていて、壮大なる音楽空間を創出しています。 ちなみに、このアルバムには「ブルッフ ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト単調 作品26」も収録されており、指揮はハインツ・ワルベルクとなりますが、これもすばらしい。ブラームスもブルッフもロマン派という同じ系譜にあるところから共通する印象があり、両曲はトータル1時間あまりの演奏となりますが、通して聴いてもまったく退屈しません。高揚した気分に中断はなく、最後までまるでひとつの曲のように聴いてしまいます。 さて本旨にもどり、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲ですが、プロコフィエフの作風はわかっていたつもりでしたが、当初鑑賞した時の感想は、「難解であり、エッセンスはどこにあるのか」でした。 あるときピアノソナタをひとに紹介したら「音楽になっていない」という感想をもらい、当然ながら聴くひとの鑑賞力に左右されることは承知のうえでしたが、がっかりしたことがありました。ベートーヴェンやモーツァルトの音楽形式がヴァイオリン協奏曲のあるべき姿だと思っているひとがプロコフィエフを聴いたら、また同じ感想を返してくるのではないかと思いました。そして、ぼくはまだ自信を持って反論することができません。それくらい理解ができていませんでした。 しかし、ある日、聴くともなしに、小さな音量でヴァイオリン協奏曲を流していると、耳がくぎ付けになってしまいました。 「えっ!」 それは不思議な経験でした。 プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲が、ずっと昔から聴き馴染んできたかのような懐かしい曲に感じているのです。 「なんで、なんで!」 ヴァイオリン協奏曲に対して障壁のなくなったぼくは、それからというもの、プロコフィエフの作り出す音楽空間に浸り続けました・・・。 10年近く前に手にしたアルバムは、ボリス・ベルキン(ヴァイオリン)、マイケル・スターン指揮、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団(※5)。 プロコフィエフはヴァイオリン協奏曲を2曲完成させており、このアルバムにはその2曲が収録されています。 (※4)「ブラームス ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77番 PHILIPS 28CD-5030」 (※5)「プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲 第1番 作品19番・第2番 作品63番 DENON COCO-75891」 アルバムのカタログ番号はもし変更になっていたら、お手数ですが曲名・演奏者などの情報から読者の手で再度特定してください。 | |
11.ヴァイオリン協奏曲 −「第1番・第2番」− | |
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■ヴァイオリン協奏曲は、天才プロコフィエフの心が思い描く芸術的な風景を表しており、音楽でありながらとても絵画的です。ですから、ヴァイオリン協奏曲も、これまで見てきたようなピアノ曲(ソナタ・協奏曲)のように、主題が建造物のようにがっちりとして明確なはずというつもりで聴くと、音楽との波長が合いません。
ヴァイオリン協奏曲は、ヴァイオリンが思う存分旋律を奏で、オーケストラは時折クライマックスをともに表現はしますが、伴奏楽器として独奏ヴァイオリンの背景に位置づけられています。各楽章は、緩急の違いはあっても、絶え間ない演奏を繰り広げます。これらは楽想を決定づける大きな"ウェーブ"、パートごとの小さな"ウェーブ"となって表れることから、もし最初「?」だったら、まずはウェーブに身を任せるようにして聴いてみてください。 では、アルバムの紹介です。 曲名 ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 作品19 1.Andantino (9:46) 2.Scherzo:Vivacissiomo (3:24) 3.Moderato-Allegro Moderato (7:57) ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調 作品63 1.Allegro moderato (10:49) 2.Andante assai-Allegretto (10:05) 3.Allegro,ben marcato (5:59) ボリス・ベルキン(ヴァイオリン) チューリヒ・トーレンハレ管弦楽団 指揮:マイケル・スターン 録音:1993年2月19日-23日、9月20日-23日 チューリヒ・トーレンハレ DENON COCO-75891 ヴァイオリン協奏曲第1番は1915年、プロコフィエフが24歳のときに作曲が始まり、ピアノ曲集「束の間の幻影」の作曲が並行していたこともあり、完成は1917年でした。プロコフィエフの作曲活動においてこの協奏曲が持つ特徴的なポイントとしては、つぎの2点をあげるべきでしょう。ひとつは、未知の部分の多いヴァイオリンがテーマであること、ふたつめは奇抜なフレーズを多用する若年期において、美しく甘美な叙情的フレーズが登場してきたこと。 ヴァイオリンの使いこなしについては、ペテルブルク音楽院教授のコハニスキ(ポーランド出身のヴァイオリスト)にアドバイスをもらい作曲上の課題を解決しました。初演も彼が行なう予定でしたが、10月革命で実現されなかったそうです。 1923年10月マルセル・ダリュー(ヴァイオリン)、クーセヴィスキー(指揮)で初演されるも、残念なことに不評でした。翌1924年、プラハ国際現代音楽祭で、ヨーゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)、フリッツ・ライナー(指揮)による演奏で、評価を得るようになりました。シゲティはこのあと、ヨーロッパ各地(ロンドン・ベルリン・モスクワなど)でも協奏曲を紹介し続け、曲の理解が広まっていきました。プロコフィエフはシゲティに感謝の言葉を残しているといいます。 ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番を聴いていて思うのは、ヴァイオリンを完全に使いこなし、かつ協奏曲を完成している天才ぶりです。いつものことながらプロコフィエフの生み出す曲には味わい深いフレーズにあふれています。天才しかつむぎ出せない美しい旋律に気がつくことと思います。そして合間合間に奇抜なフレーズをはさみこみ、聴衆を飽きさせることがありません。オーケストレーションに耳を澄ませば、将来誕生する人類最高の交響曲第5番や第7番の"足音"を感じ取れるかもしれません。それと、第2番では、トライアングルやカスタネットを響かせていて、ぼくはプロコフィエフのこの楽器の使い方がとても好きなところです。料理でいえばわずかなスパイスにより、主たる味を引き立てるのと同じ効果を得ています。 "難解である"という第一印象。 あなたは理解の"壁"を乗り越えられましたか?もし協奏曲と音楽的波長が一致したと感じたとき、「やっぱりプロコフィエフだよね・・・」とつぶやくかもしれません。より偉大な姿となって現れたプロコフィエフを実感することとなるでしょう。 さて、ベルキン(ヴァイオリン)とマイケル・スターン(指揮)のアルバムですが、ピアニッシモのフレーズでも、ヴァイオリンの旋律がよく録音されており、オーケストラとのバランスも申し分ありません。ベルキンは正統な演奏姿勢で、おすすめの一枚です。 なお、もう一枚、チョン・キョンファ(ヴァイオリン)、アンドレ・プレヴィン(指揮)、ロンドン交響楽団(DECCA 425 003-2 1975年録音)を紹介します。チョン・キョンファは、ベルキンと比較すると抑揚を強めた演奏。ヴァイオリンの弦の音色を美しく奏でます。こちらを聴くのでもよろしいと思います。 | |
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■次回をお楽しみに。
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