光が丘ポートレイト(光が丘の眺め)


■光が丘は、戦中は陸軍飛行場で、戦後はグラントハイツというアメリカ軍人家族の宿舎だった。昭和48年、ぼくは小学2年の遠足で初めてここを訪れた。今でも覚えている。宿舎の作りは質素な平屋だが、芝生が取り囲み、隣の宿舎とも十分な間隔がある。グラントハイツは、いかにも"アメリカ風"なゆとりある景観を持つ宅地だった。遠足の列を作って帰る途中、前を行く同級生が声をあげた。「あっ!」。幼い女の子が玄関の内側から、こちらを見ていたのだ。金髪に青い目。初めて見るアメリカ人の子ども。ぼくらとの姿の違いが、強く印象に残った。練馬の土地にあって、日本人でない人々が住んでいる・・・。光が丘を少し特別な思いで見ているのは、このような経験がぼくにあったからではないかと思っている。
【2005年12月25日撮影 (モデル)野崎瞳】

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