2008年の夏 避暑地清里へ
今年の夏は梅雨明けが早く、東京では7月中旬から30℃を越える日々が続いた。玉のような汗を流しながら東京での仕事をこなす。海に行くことよりも、清涼な風のそよぐ高原での安楽な生活を思い浮かべる・・・。のんびり過ごす高原。夏の暑さが心身への負担に感じられるようになったら、自分が思っているほどもう若くはないのかもしれない。
さて、この夏休みは8月1日から7日の7日間とし、清里に滞在したあと訪れたことのない信州の高原にも足を伸ばすこととした。清里3泊、乗鞍2泊、美ヶ原1泊。高原生活の"はしご"をしようという計画である。
清里に着くや、よく知るスポットからスポットへ遊びに遊んだ。そして、乗鞍では乗鞍岳はもちろん上高地、白骨(白舟)温泉など歩く歩く。美ヶ原も見慣れぬ風景が新鮮で、星座や高山植物など大自然を満喫した。結局はじっとしていられない性分もあり、清涼な風そよぐ高原で夏ばてはなかったが、遊びすぎてぐったりしてしまった。
この時の写真は、順次紹介していきたいと考えている。
(2008.9.4)
映画「西の魔女が死んだ」
作家梨木香歩の小説「西の魔女が死んだ」が映画化された。原作は知らなかったが、ロケが清里で行われたと聞き、映画館に足を運んだ。
映画では、学校へ通えなくなった女の子がつかの間おばあちゃんの家にあずけられる。女の子は都会では触れることのなかった緑豊かな自然と人生の機微を知るおばあちゃんとの生活でたくましさを回復していく。ファンタジーと心温まる人間性のうえに描かれている。
"自然"は生き物に対して厳しい面を持つが、多くの恵みももたらす。恵みとはひとつには"食"であり、ひとつには"規律"である。健全な精神と肉体は、そのような自然界から得られるものであると考えるぼくは、この映画の多くの点に共感した。映画の制作者はその自然風景を表現するために、全国を探し回って、そして清里が選ばれたそうである。
映画に出てくる"おばあちゃんの家"は清里のどこにあるのか。そのようなわけで、急遽日帰りの清里旅行となった。
(2008.7.5)
春の眠りの白駒池
気になる白駒池。春先の姿が見たくて、5月中旬日帰りで写真を撮ってきた。残雪があるとは聞いていたが、休養林には50センチ以上の積雪が・・・。歩行はひと苦労。白駒池は一面凍結しており、早春どころかまだ冬から目覚めてはいなかった。標高が1000メートル上がると季節は1か月さかのぼる。この計算でいくと白駒池は2か月前だ。白駒池はぼくの期待を良い意味で裏切る。その偉大さを改めて感じるとともに、ますます忘れられない存在になった。(2008.5.30)
白駒池
標高2100メートルを越す高地にある白駒池。清里から離れた土地(北八ヶ岳)にあるが、絶景を紹介したいため掲載を始めた。河川を持たない摩周湖(北海道)は、雨水を水源としている。陸地からの養分をほとんど受けないことから、湖水は高い透明度を保っている。白駒池の良好な水質は、似たような条件であるからかもしれない。
(2008.2.2)
秋の清里 歴史に思いを馳せる
"夏は清里"と題した写真サイトも、いつの間にか秋の写真をたくさん載せるようになった。夏もいいが、秋もいい。この調子だと、冬や春も出てきそうである。清里の現風景を写すサイトだが、いまぼくの興味は開拓時代の清里に目が向いている。土地土地に歴史があり、今が成り立っている。土地の歴史を知ることは、その土地をより良く知ることにつながると感じている。
(2007.11.10)
はじめに
東京の夏は猛暑続きである。人口過密と排気ガスが過酷な暑さに拍車をかける。我が家では東京の夏を避け、例年涼を求めて清里へ出かけている。清里(山梨県北社市)は、冬も楽しめるリゾートだというが、お勧めの季節は断然"夏"である。清里は、昭和50年代に始まるペンションブームが去って、廃れた観光地かと思いきや、そうではない。優良なペンションもあるうえ、大自然がよい。清里の自然に小さな発見を繰り返しているうちに、すっかり清里ファンになってしまった。 ここでは、私が撮影したスナップ写真を紹介する。撮影も写真選びも、なにかを特に意図したものではない。東京での多忙な生活に、清里に吹く風のような、さわやかな写真を届けられたら幸いである。
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